京の秋、冷たく澄んだ風が町を通り抜け、季節の変わり目を感じさせていた。若き日の大森藤頼は、初めて京に上り、そこでの生活に目を輝かせていた。しかし、京の町で目にしたのは、貧困に喘ぐ民の姿だった。干ばつや不作が続き、路地の片隅には日々を生き延びるために苦しむ人々が溢れていた。
そんなある日、藤頼は伊勢盛時という一人の男と出会う。噂に聞けば、盛時は武士の身でありながらも貧しい者たちに手を差し伸べ、自らの身分に捉われない行動をとることで知られていた。ある時、藤頼は偶然、盛時がある農家を訪ねているところに出くわした。
その農家は、干ばつの影響で収穫が激減し、年貢を納められずに困窮していた。家族はやつれ、特に子どもたちは顔色が悪く、痩せ細っていた。盛時は家の中に入ると、子どもたちに優しく語りかけ、荷袋から食べ物を取り出し、親たちにも礼儀正しく対応していた。
「少しの間だが、この米と薬で食いつなぎなさい。あなた方が困難に苦しんでいるのは、決して罪ではない」 と、盛時は静かに語りかけた。
藤頼は、そんな盛時の姿に胸を打たれた。武士である盛時が、こうして身分や体裁を顧みずに、農民のために動いている姿を目の当たりにしたからだった。
後に、藤頼は盛時に尋ねた。
「あなたのような高貴な身分の者が、なぜ民のためにこれほどまでに動くのですか?」
盛時は静かに答えた。
「力を持つ者がそれを誇示するためだけに使うならば、それは愚かというものだ。我々が持つ力は、民の平穏と幸せを守るためにある。そのために身を投げ出すことこそが、真の務めだと信じている」
その言葉は、藤頼の胸に深く刻まれた。武士としての名声や主君への忠義も大切だが、最も大切なのはその力を誰のために使うのか、ということだった。
また、別の日には、盛時が病に伏せる老人を訪ね、薬を持参して手厚く看病している場面に出くわしたこともあった。老人は町で噂の厄介者とされていたが、盛時はそんなことに耳を貸さず、優しく言葉をかけていた。
「あなたもまた、私が守るべき民の一人です」
その一言に、老人の目には涙が浮かんでいた。その姿を見て、藤頼もまた、この考えに心から共鳴し、感動したのだった。
やがて日が暮れ、二人は夕陽に照らされた京の町を見つめながら語り合った。盛時はふと遠い目をして、微笑んだ。
「いつか、平和な世が訪れることを信じている。そのために私は力を尽くそうと思う」
その横顔を見た藤頼は、心の奥底で同じ志を抱くことを決意した。
時は流れ、二人は別々の道を歩むことになる。盛時はやがて関東へと向かい、藤頼もまた、小田原で戦乱の世を迎えることとなるが、京でのこの出会いと教えは藤頼の心に生涯消えることのない光として刻まれ続けた。